自宅で電波観測
衛星運用で鍛えた心眼(?)を鈍らせないために、天体観測の延長で電波観測設備を構築してみることにした。
ひとつのきっかけはSkyWatcherのAZ-GTI。自動架台として数kgの物体を振り回せる能力があるのを知って興味が湧いた。
さらに21cm線専用のLNAを見つけた。SDRのオプションとして製造されたものが、安価に入手できる。
果たして都市雑音に包まれ、携帯基地局が林立する都市部という悪条件でも検出できるだろうか。
装置構成
先行事例に習い、アンテナと受信系はまず流用で済ませる。
今回の実験における装置構成は以下のとおり。
Antenna: Wifi Grid dish (24dbi@2.4GHz ビーム角は10度ほど)
LNA+Filter : SAWbird + H1 https://www.nooelec.com/store/sdr/sdr-addons/sawbird/sawbird-h1.html
SDR : Airspy R2 or mini
Software : Astro spy (SDRSharpに付属)
Wifi用のグリッドパラボラについて。同じスペックのアンテナをいろいろなサプライヤが提供していて、OEMかどうかはわからないが入手性は良い。グリッドなので多少の風があっても安心。21cm線観測だけなら天頂に向けて固定すればよいので、後述の架台は必要無い。
電動架台にはAZ-GTiを使用。アリミゾプレートをアンテナ基部に固定することで、ワンタッチで装着できるようにしてある。構築を始めた当初は入荷待ちだったため、先にAZ-PRONTO(手動経緯台)を入手して始めた。単体入手だと品薄なのだが、入門用の望遠鏡とセットになったAZ-GTeという廉価モデルなら入手しやすい。(機能差についてはこちらを参考 https://syumittoblog.blog.fc2.com/blog-entry-1883.html )
Wifi接続による制御は安定性に欠けるので、有線制御用のケーブルを自作して制御している。通信はUARTなので自作の制御アプリも書きやすそうだ。
ソフトウェアは、SDRsharpに付属してくるAstro Spyという21cm線観測のためのアプリを用いた。これはAirspyのハードウェア専用。積分する以外の機能は無くてシンプル。
RTL-SDRで観測するなら、帯域を積分できるソフトウェアが必要になる。
SAWBirdへはAirSpyからbias-Tee給電している。Astro spyを起動する前に、AstroSpy.exe.configを編集してbias-Teeを有効化しておく必要がある。 有効化したことを忘れてアッテネータなどを繋がないように十分注意すること。
受信系の消費電流は合計で420mA程度だった。
白鳥座方面の21cm線のテスト観測
ベランダにSkyWatcherの三脚を設置し、天頂方向にアンテナを向けて固定した。天候は曇り。 電波観測は星が見えなくても昼間でも成り立つ。
週末の深夜、午後9時から午前10時頃まで13時間ほど連続で観測した。スペクトラム記録は5分積分されたものを、1分おきにウィンドウキャプチャしただけの簡単なもの。
早朝4時ごろ、アンテナ視野(ビーム幅)は天の川を横切っていく。ちょうど電波源として有名な白鳥座領域が通過していった。
起きてから確認すると、1420.5MHz付近に太いピークが現れていた。高調波が多くて心配だったが、テスト観測はあっさりとできた。
本来21cm線は、1420.40575MHzでピークを持つ。スペクトルのなだらかな山は、アンテナビーム幅で捉えられた銀河系の分子雲の領域が、様々な視線速度成分を持っていることを示している。
100kHzプラスへシフトした分子雲の領域はこちらに向かって秒速20㎞前後で接近しているということになる。
この観測時のスペクトラムを動画化してみたのが下記になる。深夜から早朝にかけ、12時間観測した時のAstro Spyの画面と、同時刻の空をStellariumで表示し、600倍速で再生している。天頂を天の川を横切る過程と、ピークが盛り上がってくる過程が連動しているのが見える。 5分積分しているのでリアルタイムにはほとんど波形が動かないが、早送りで見るとノイズフロアの高さや高調波の分布がかなり変化しているのが分かる。
早朝のStellarium画面には、素早く移動する輝点がたくさん見える。これは可視状態の人工衛星で、いくつも流れていって興味深い。
大きな輝点が何度か通過していくのはISSで、細かく並んだ光の列は軌道投入されたばかりのStarlinkトレインである。
ポイント観測
次はAZ-GTIでアンテナを振り動かしながら、任意の領域を指定して追尾してみる。ちょうど夕方頃にペルセウス椀が見えるタイミングだったので、幾つかの星の領域を追尾してみた。
ノイズ源の確認作業は推理小説のような側面がある。口径30mのパラボラアンテナから、八木スタックまでいろいろなアンテナ運用に参加したことがあるけれど、ノイズの分布は時間やアンテナの向き、曜日で変化していく。犯人は現場の近くに居ることが多い。
(電子レンジを不用意に開けてはいけない例 https://www.nature.com/news/microwave-oven-blamed-for-radio-telescope-signals-1.17510 )
外部からの干渉と受信機内部のノイズの二つのうち、受信機に近い場所からノイズ源の探索をしてみる。 まず室内で、LNAの先は校正用のオープン端子でキャップしただけの状態にしたとき。高調波は見られない。
室内で強い干渉を起こしていそうなのはWifi BTなどのISM電波やCPUクロック、USB3.0のEMIなどなど、心当たりがありすぎる。
SDRの素子特性や原理上、強力なバンドからのイメージ混信が多めに出てしまう。
(AirSpyのハードウェアはRTL系統よりも多少改善されている)
最後に、実験構成で天頂にアンテナを向け、SDRの全帯域(50MHz~1.8GHz)をスイープしたもの。商用周波数、特に携帯電話のバンドが目立つ。SAWBird +H1のデータシートを見る限り、使っているバンドパスフィルタ(SAW)自体は65MHzと広帯域な通過特性を持ったものを流用しているので、青で囲った範囲はそのまま通過している。
実は電波天文で保護されたバンドのすぐ上に携帯のバンド11があり、SAWBIRD+H1では除去できない。 光に置き換えたら、ネオンサイン看板のそばで星を観察しているようなものだろうか。
こういう環境下で、人類の出す電波より数十dB以上も小さな信号を捉えているのだなぁ…。
所感
数万光年先の銀河渦状椀の運動が、低軌道衛星の周波数のドップラーシフトと同じ理屈で読み取れるのは個人的には新鮮だった。今回組み合わせたWifiグリッドパラボラとLNAとSDRの組み合わせはお手軽でおすすめ。
グリッドパラボラの給電部の反射特性をVNAで測定してみると、うまい具合に1.4GHzへも感度があり、SWRも2程度の特性がでていた。Sバンドだけでなく、Lバンドもいけるかも。次は給電部の改造に着手して、高軌道の通信コンステ、GNSSや静止衛星を追尾してみたい。
AZ-GTIのポインティング精度は、スターアライメントによる補正が前提なので、 昼間や曇り空では難しい。(悪いはユーザー側)
都度構築して運用というスタイルで運用する場合、事前に正確な真北を出しておいて合わせる必要がある。幸いパラボラのビーム幅は10度くらいあるので、それほど神経質になる必要はなさそう。昼であればサンノイズで検証できる。