蔵書棚は時を超え、人に影響を与える。その時代の書物は、要約された歴史から抜け落ちたエッセンスを拾う手掛かりとなる。 祖父の蔵書をフックとして、1世紀前の宇宙開発黎明期のタイムラインを垣間見たことをきっかけに、宇宙開発黎明期を資料から辿ってみた。
亡くなった祖父の蔵書を整理していた時、背表紙の無い分厚い本を見つけた。 色々と複雑な理由で、祖父とは生前に会ったことはない。中身はオーギュスト・ピカールの「成層圏へ」という翻訳された本で、あとでググると戦時中に白水社から出版されていたもののようだった。
戦時中の情報検閲の影響がみられる序文など、蔵書の中でも異質だったため、興味から回収することにした。古い本は触っているとアレルギー症状が始まるのであまり長時間触れられず、すこし読みこんでから、そのまま保管して忘れ去っていた。しかしその巻末に書いてあった、将来の宇宙技術への展望の文章が頭の片隅に種結晶として残り続け、次第に会ったことのない祖父の青年期を取り巻いていた戦時中の技術水準への興味として成長し続けた。
時は経ち、国立国会図書館のデジタルコレクションを検索していると、あの「成層圏へ」が含まれていることに気付いた。本登録を済ませれば閲覧まで可能になる。 https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000788790-00
祖父の蔵書はアーカイブで閲覧できる版の翌年の版(1943年)で、追加で3000部刷られたものようだ。 祖父は当時航空機整備をしていたと聞くが、この本をリアルタイムに買って読んだのか、戦後に入手したのかは不明。(分厚いのも両面印刷ではなく紙を折って印刷してあるため、そもそも本物なのか、コピーなのか判断がつかない)
蔵書の傾向として、仕事関係の本の合間からは、1956年に出版された糸川博士監修の宇宙探検についての本(https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000950654-00)が出てきているし、出張でケネディ宇宙センターで撮影した写真なども見つかっているので、本人が興味で蔵書していたのは間違いなさそうではある。
「成層圏へ」はオーギュスト・ピカールの1931年の成層圏有人気球飛行実験についての記録だ。 原書は1933年に出版されているが、日本で訳書が出版されたのは1942年。だいぶ時間が経ち、すでに大戦末期であった。出版の背景に、戦況打開の意図でもあったのではと邪推してしまう。
ピカールの試みは唯一というわけではなく、その後ロシアでも挑戦されていたことが訳書では補足されている。
ピカールといえば戦後にマリアナ海溝へ潜ったことで有名だが、戦前は高高度気球に乗って成層圏探査をしていた。最後の章で、成層圏より上を目指す方法についての考察が書かれている。ロケットによる推進、および莫大なエネルギーを得る手段としての原子力利用がすでに語られているが、これらはまだ遠い将来の技術であると書かれていた。
こうした展望はピカール博士の独創ではなく、30年代の技術書籍を調べると、色々な文章から原子力利用の展望が語られていることが見えてくる。
この探求の流れに関係なく、H.G.ウェルズの「解放された世界」を読んでいたけれど、出版年は1914年なので、ちょっと予言書感がある。
高高度気球自体、ツィオルコフスキーのロケットの論文の冒頭はそもそも気球による高高度到達実験の考察から始まっているのだ。
https://archive.org/details/nasa_techdoc_19750021068/page/n55/mode/2up
ツィオルコフスキーの論文のあらすじは
- 高高度気球による成層圏の探査研究が進み、計測機器を搭載することで大気圧や気温がわかるようになった。浮力のみでは上昇高度に限界があり、気球のための軽くて強靭な素材(繊維質の素材つまり紙)を工夫する必要がある。
- 自己推進弾(=ロケット推進)であれば、さらに高い高度まで到達させることができる。
- 以下、ロケットの理論の構築。